大山・板橋の歯科・歯医者なら飯田歯科医院

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医師紹介

院長紹介・経歴

袖振り合うも他生の縁

こんにちは。
飯田歯科医院の院長・飯田恩(おん)です。
わたくしが大切にしている言葉に「袖触り合うも他生の縁」があります。
これは、どんな小さなことにもすべて深い縁があるという意味ですが、私自身この言葉のように、いつも人と人との縁を大切にしながら生きてきました。
当院にはお子さま連れのお母さんやご年配のかたも診察にみえます。
職業や年齢、社会的な立場、考え方や生き方など、みなそれぞれです。
中にはわたくしとは対照的な考え方をしている患者さんもいらっしゃいます。
わたくしはすべての患者さんの生きざまや考え方、そして治療に対する要望など、できるかぎりを受け止めてきました。
常に人としての愛情を注ぎながら診療を続けていますので、歯科医はわたくしにとって天職なのかもしれません。

 

幼いころの思い出~優しい歯医者さん

わたくしが生まれ育ったのは愛知県海部郡十四村という小さな村でした。
そこは歯医者さん一つない本当に小さな村なんです。
幼いころから歯が悪かったわたくしは2歳離れた妹を連れ隣村の歯医者さんまで歩いて通っていたんです。
まだ小学2~3年生でしたね。
子どもの足で1時間はかかるんです。
ところがいつも途中でガキ大将が待ち伏せしているんですよ。
勝気な妹はガキ大将に負けじとたち向かっていくんですが、おっとり者の私はできるだけ争いごとは避けたいんです。
大変な思いをしながら歯医者さんに着くと安らぎの空間が待っていました。
院長先生がとっても優しくて、治療中不安になったり怖くなったりなんてことは、全然ありませんでしたね。
今、お子さまの治療をしていると癒されてきて、自分も子どものころに戻った気持ちになるんです。
もしかしたらこのときの体験が、そんな思いにさせてくれるのかもしれませんね。

 

小説家を目指し人生修業に励む

わたくしはほかの歯科医師に比べると遅いスタートでした。
歯医者さんになる前はジャーナリストを目指し経済新聞の取材記者になってバリバリ活躍するのが夢だったんです。
期待に胸を膨らませながら早稲田大学政治経済学部に入学したものの、いつしか小説に興味が移り始め、2年で中退してしまいました。
ところが、それからが大変だったんです。
家庭教師や警備員、新聞配達、引っ越しの手伝いなど、いろいろなアルバイトを経験し、人間観察をしながら小説を書きためていきました。
早朝、新聞を配達していると女装した仕事帰りのお兄さんたちから「お兄さん頑張ってね!」と声援を送ってもらい、勇気づけられたこともありました。
一歩間違えば路上生活だったのかもしれません。
でもこの経験がわたくしを大きく成長させてくれ、人間の痛みや苦しみが理解できる愛情深い人間になっていったんだと思います。

 

28歳で人生の転機を迎える~歯学部入学

ふと人生が怖くなり小説家になる夢を断念しました。この先の生活が急に不安になってきたんですね。
もともと小説の中で人間の心理模様を描いていましたので、心の病気について関心を持ち始めていました。精神科の医師を目指し勉強を始めましたが、最終的に東京医科歯科大学歯学部の入学が決まりました。
当時28歳でしたので回りの学生に比べると遅いスタートですよね。
でも口腔外科の榎本昭二先生に可愛がっていただき、充実した大学生活を過ごしました。
先生とは大学卒業後も何かとお会いする機会があり、義父の口腔ガンを手術していただいたこともあります。
わたくしにとっては恩人ですね。

 

人生は小さな幸せの積み重ね

わたくしはどちらかというと外国文学が好きですね。
好きな作家はドフトエフスキーやヘンリーミラー、ヘミングウェイで昔からよく読んでいました。
日本の作家では安部公房を好んで読みます。
自分でも小説を書いていましたが、残念ながら今ではもう手元にはないんです(笑)おとなしい文学青年のように思うかもしれませんが、ロック(ローリング・ストーンズやペット・ショップ・ボーイズ)もよく聞くんですよ。
最近は、時間があると空を見上げながら散歩をしています。
庭先に咲いている可憐な草花をみていると心が和んでくるんです。
そこには小さな幸せがあるんですよね。
そんな瞬間、瞬間の積み重ねが、幸せな人生につながるのかもしれません。

飯田歯科医院 院長 飯田 恩(いいだ おん)
1983年 東京医科歯科大学歯学部卒

 

副院長・スタッフ紹介

父親の言葉に感銘~歯科医を目指す

歯科医の息子というだけで、幼いころから歯医者さんを目指していたと思われがちですが、高校時代は弁護士に憧れていたんですよ。
もしかしたら、親に反発していただけだったのかもしれませんけどね(笑)
なぜ歯医者を目指すようになったかというと......。
高校2年生のとき、父が弁護士の大変さと歯医者の素晴らしさを語ってくれたんです。
「弁護になるのもいいよ。でも歯医者も患者さんに喜んでもらえるいい仕事だよ」歯科医になった今、父の言ったことは間違っていなかったと感じています。
とてもやりがいのある仕事で、頑張れば頑張るほど患者さんに喜んでいただける仕事ですよね。
それにもともと手先が器用なので、わたくしに向いているのかもしれません。
まだまだ勉強することは山積みですが、父のように患者さんから信頼される歯科医として成長していきたいと思っています。

 

苦手だからこそ根気よく続ける

学生時代は空手部に所属していました。
体育会系のサークルというと運動神経がよさそうに聞こえますが、実は運動はからっきし苦手だったんです。
仲間には迷惑をかけたくありませんので、練習だけは絶対にさぼりませんでしたね。
同級生が空手部の部長をしていましたので、夕方遅くから練習が始まることもよくありました。
それでも必ず参加し、練習後、仲間と一緒にお風呂で汗を流していました。
上下関係が厳しくお酒のつぎ方まで注意され、当時はうるさいと思ったこともあります。
ところが社会人になり、お酒のつぎ方も知らない若者をみたとき「あのとき先輩に怒られてよかった」って感謝してしまいました。
今でも辛いことや壁にぶつかったとき、同期の仲間に電話をします。
彼らと話していると、みんな同じことに悩み、自分の力で乗り越えていることが伝わってきて、本当に勇気づけられます。

 

最高の治療を目指す~意欲的に勉強会に参加

当院は一般歯科や小児歯科、インプラントのように、総合的な診療を行っています。その中で求められるのは、掲げているすべての疾患が語れることであり、敢えて一つの専門分野を極める必要はないと思っています。
そのためも今は外部の勉強会に積極的に参加して、最新歯科知識と技術を学び、それを診療に活かしています。
勉強会に参加してよかったことは、大学時代には気づかなかった開業医の苦労が分かるようになってきたことですね。
意欲的に勉強会に参加勉強会ではわたくしより年配の先生がたが多く、診療を休んで来られるかたもいらっしゃいます。
もちろん費用もかかります。それらすべての条件をクリアして参加するのはとても大変だと思います。
でも、それ以上に患者さんのために新しい技術を身につけたいという思いが強いんですよね。
そんな真摯な姿をみていると、どの先生がたも歯を食いしばりながら精いっぱい努力しているんだ、というのが伝わってくるんです。
わたくしも負けてなんかいられませんね。

副院長 飯田 洋太(いいだ ようた)
2008年 奥羽大学歯学部卒